城北高校 同窓会 総会。20130728。 2013/09/19
徳島県立城北高校の同窓会総会・懇親会を開催しました。

懐かしい面々がそろいました。

あるクラスなどは、毎年、この会をクラス同窓会の「一次会」として集まって後、「二次会」にて同窓会を開催するそうです。
なかなかいい案です。

年々に、出席者が減少しています。

最後は、若き日を思い出しつつ、校歌を熱唱しました。
弁財天 公園 清掃。20130616。 2013/06/16
本日(2013/6/16)、弁財天の公園を清掃しました。

町内連合会からの案内で、
午前7時から、8時までの1時間。
道具類は、各自で持参。
公園の草取り。

約70人の方々が、ご参加いただきました。
1時間でしたが、大勢の「手」がありましたので、公園内の「草」を刈り取り、グランドゴルフや、子どもの遊び場として、使用できるようになりました。

今まで、ご近所の方が、いろいろと清掃、草取りや花壇の整地などをやって頂いていたのですが、このたび、市から、町内に、管理の委託があり、今日の清掃となりました。

昨日、久しぶりの「大雨」があり、今朝は「曇り空」で、絶好のコンディションでした。

さぁ、この公園を使って、納涼大会でも、やりたいですね。

ご参加の皆さん、ありがとうございました。ご苦労様でございました。今後、毎月、第三日曜日の、この時間に、清掃します。
よろしく、ご参集ください。
小学校のつつじ。20130513。 2013/05/13
今年も、見事に咲いています。

小学校の正門横に、見事なつつじが咲き誇りました。

この側を、毎朝、子どもたちが登校してきます。

子どもたちにとっては、何気なく見えている風景でしょうが、この景色は、子どもたちの「こころ」の中に沁み込んで、何時の日か、「こころ」から、この景色を感じ、思い出すことでしょう。

四季折々に、自然が織り成す景色が、そおぉっと優しく、人々の「こころ」を包んでいることを、うれしく思うことでしょう。

このつつじは、地域の方が、手入れしてくれています。

 感謝です。
鳴門の夕陽。20130503。 2013/05/13
今年の五月、ゴールデンウィークは、「五月晴れ」に恵まれました。
どこの行楽地も、どっと人手が繰り出したことでしょう。

鳴門には「夕陽の絶景ポイント」が、何ヶ所もあります。

この夕陽は、元には塩田があった、鳴門市の立岩にある徳島県の運動公園から見た、夕陽です。

快晴無風の中で、沈み行く2013年5月3日の夕陽です。
春の巡礼。一番札所・霊山寺の桜。20130401。 2013/04/04
白装束と、鈴の音、今年も「四国八十八箇所」を訪れるお遍路さんの団体が目立ってきました。

四国の鳴門には、一番札所があります。ここから、八十八箇所の札所を回り始めます。

今年の春を待ちに待って訪れているような、そんな雰囲気の方々ばかりです。

いろいろな思いや願いを胸に、手を合わせているのでしょう。
人生の、今までのこと、これからのこと、家族や友人のこと、様々なことが、時の経過とともに、後悔であったり、歓喜であったりしてきました。

これからの時を、これからの人生の日々を、充実させて過ごしていけますように、尊い感謝の祈りが続きます。

今年の春・本番です。
弁財天市杵島姫神社の桜。20130401。 2013/04/04
今年も、四月になりました。桜の蕾が、ふくらみ始めています。

ご近所の弁財天のお宮さんの桜です。例年通りですと、4月の10日前ごろが、満開の時期です。

この桜の年齢は、言い伝えによりますと、かれこれ半世紀以上になります。
境内には、大きな桜が三本、若い桜が二本。

ご近所の方々は、この時期、この前の往来を楽しみにしています。

春です。今年の春です。
林崎小学校・卒業式。20130318。 2013/04/04
学校から、いつも見上げていた妙見山の桜も、校庭の桜も、まだ少し開花の時期には来ていませんが、六年生の子どもたちの「新たな開花」の日です。

本日、鳴門市林崎小学校の卒業式でした。

中学校への「旅立ち」です。六年間、早いものです。
朝、大きなランドセルを背負って、登校していた子どもたち。登校の道で、周りの人たちから「おはよう」の挨拶に、なかなか返答ができなかった新入生。

立派に成長しました。

どうか、中学校でも、お互いが良い友として、同級生として、勉強にクラブ活動に、楽しく勉めてください。

みなさん、ご卒業、おめでとうございます。
第二中学校・卒業式。20130315。 2013/03/15
本日、平成25年3月15日、鳴門市第二中学校、第66回の卒業式がありました。卒業生は、男子62名、女子45名、計107名。

早いものです。地域の中で、幼稚園や小学校の頃から、見てきていたのですが、立派な子どもに成長して、今日の良き日を迎えました。

校長先生や来賓に方々から、式辞や祝辞がありました。この第二中学校での三年間を糧にして、これから、大きく成長してほしいと願っています。

みなさん、ご卒業、おめでとうございます。
銀杏の地蔵寺。20121204。. 2013/01/30
今年もまた、四国88ヵ所霊場の五番札所・地蔵寺の銀杏が、見事に黄葉しました。

じぃっと、見上げていると、この銀杏の木の、小さな頃の様子が思い浮かばれます。
800年以上も、ここに立ち続けて、お遍路さんの「祈り」を見定めてきてくれたような、ありがたい、うれしい気持ちになります。

これから、落葉して、また、春先に新しい芽がでます。
新たなお遍路さんを迎える頃に、また。
お伊勢さん。20121121。 2013/01/30
伊勢神宮に参詣してきました。

来年度(2013年、平成25年)は、二十年に一度の「式年遷宮」の年です。
20年毎に、社(建物)や付属品(飾り物)を、同じもの(材料・形)で、造ってきていて、1600年以上も続いている行事であります。

日本の伝統・文化・歴史そのものが、全て凝縮されているような、この「式年遷宮」から、全ての「日本的なもの」が発生しているように、思われます。

日本の、日本人の「原点」。

来年は、弁財天市杵島姫神社の総代さんで、新たな社に参拝する予定にしています。

門前のおかげ横丁には、多くの善男・善女がお土産を探しながら、散策していました。
スーパーコンピューター 京。20121109。. 2013/01/30
神戸で、議員の研修会がありました。

スーパーコンピューター「京」を見ました。凄い、です。

いろいろな分野で、使用されています。
台風の進路・風雨の予想、自動車の新車開発での風洞実験、人体の構造、薬の開発、などなど「コンピューター上の擬似」ながら、瞬時に高速計算が可能なので、実験して、結果を出すまでの時間が、短縮されたそうであります。

とにかくも、素晴らしいコンピューターです。
秋祭り。20121007。 2012/10/25
弁財天市杵島姫神社の「秋例大祭」が、行われました。

多くの子どもたちが、集まっている中を、御神体を乗せた御神輿が、町内を巡行しました。

秋は、実り(収穫)に感謝する季節です。この秋祭りは、地域の方々の「絆」を太くする最大の行事であります。

子どもたちの「歓声」の中、御神輿が神社を出て、町内の安全を祈願して回りました。
秋祭り。20121006。岡崎。 2012/10/25
撫養街道の基点にある、岡崎地区の秋祭りは、それはそれは賑やかでした。

屋台が、何台も繰り出して、町内のいたるところで「鉢合わせ」をしていました。
それを見物する大勢の方々で混み合いました。
(岸和田、新居浜、西条の秋祭りの様子と、同じような「派手」さでありました)

第二室戸台風が襲来して以来、途絶えていた屋台の繰り出しを、平成8年から復活しました。二台の屋台ではありますが、青年有志が、宵宮と、当日に、元気よく繰り出しています。

宵宮の提灯の明かりは、昔ながらの「ろうそく」の明かりです。

いいですねぇ。太鼓が響くと、町内が一斉に、元気になります。
林崎小学校、運動会。20121002。 2012/10/25
雨で延期していた、秋季大運動会が、初秋の晴天のもと、開催されました。

前に、妙見山と旧鳥居記念博物館を見上げ、後ろに、新しい市街地 (昔は塩田で、浜、と呼ばれていた)の広がる、素晴らしい立地に、小学校があります。

子どもたちを中心に、保護者、祖父、祖母、三世代・四世代の集う大運動会でした。

このような「学校行事」によって、地域の方々の「親交」が深まります。

やはり、どこでも、いつでも「子どもたち」が主役です。
2012の夏の青空。20120819。. 2012/08/19
今年も、阿波踊りとお盆が終わると、朝・晩は少し過ごしやすくなりました。

それでも、見上げれば、大きな白い雲と、くっきりとした青空が、広がっています。

残暑(まだまだ、酷暑です) お見舞い 申し上げます。
一番札所・霊山寺。20120817。 2012/08/19
四国八十八ヶ所霊場の一番、二番が、鳴門市内にあります。

春・秋のシーズンには、多くの巡礼が訪れます。
この真夏の中でも、したたる汗をものともせずに、多くの方々が、お参りしていました。

一番さんには、山門を入って左手に「塔」があります。その額には「五智如来」とあります。

調べてみますと、
「五智如来」とは、『仏語で、密教の五智に配当される五人の如来。大日(法界体性智)・阿(あしゅく)(大円鏡智)・宝生(平等性智)・阿弥陀(妙観察智)・不空成就(成所作智)の五如来。五智の如来。』
と、あります。

なかなか立派な「塔」であるようです。

この四国八十八ヶ所霊場と、その「旧道・古道」とを「世界遺産」に、との活動が始まっています。

二十歳の頃から、回っていますが、この「霊場」は、私たちの『心の場』として、大切に、大切にしていきたいと思います。
鳴門の夕陽。20120730。. 2012/08/19
鳴門の夕陽は、美しい。

その絶景ポイントは、数多くあります。

そのポイントに、その時間、たまたま通りすがった時は、幸運です。

美しい茜色の中、まん丸の太陽が、その日を惜しむかのごとく、ゆっくりと沈んでいく様は、荘厳です。

言葉もなく、見とれてしまいます。一秒・一日の大切さを、改めて実感させてもらえます。

鳴門は、夕陽の美しい町です。
徳島県鳴門市 福永家住宅。20120715。. 2012/08/19
鳴門は、観光では「渦潮」が有名で、産業では「足袋」や「塩田」が盛んであった「町」です。

昭和30年の後半頃まで、広々とした塩田があり、その塩田の所有者の「住居」は、製塩する作業場が隣接されていて、当時からりっぱな日本式の邸宅でした。

イオン交換の製法が発達して、旧来の製法がなくなり、塩田は、埋め立てられ、住宅地や公園に変わりました。

ここ「福永家」は、当時の様子が残る住宅で、所有者のご好意のより、鳴門市に移転され、当時の製法の様子を知ることが出来るとして、先日、一般公開されました。
住居は、純日本風のどっしりとした、素晴らしい間取りになっています。

鳴門市には、歴史的な「もの」があまり現存していません。江戸・明治・大正・昭和の時代の建物が町並みとしては、ほとんど残っていません。

最近では、全国的に、「小京都」と呼ばれる町並みが、多くの観光客を集めていますが、撫養街道の基点である「岡崎」「弁財天」「林崎」の町並みが残っていれば、全国でも屈指の「小京都」として、多くの人で賑わうでしょう。

古きを保存して、訪ねると、それに学べは、現代にも新しい風景として、取り入れられることができます。
先人の「智恵」と「文化」を、確実に残して、生かしていたいです。
東日本大震災 福島原発事故。20120706。 2012/07/07
(写真は、7月6日付け、徳島新聞です。)

福島原発事故は、「明らかに人災」との報告書が出ました。

国会が設置した事故調査委員会の報告書が、7月5日、衆参両院の議長に提出されました。

この「分析」も大切なことでしょうが、今、現場の処置をどのようにするのか、その『方針』を出してください。

避難者が、自宅に帰ったり、現場の市町村が、スピーディに動けるような、対策を示してください。国も、県も…。
東日本大震災 南相馬市視察。20120703。 2012/07/07
(写真は、プレハブの復興市場です。花屋、散髪屋、食堂、写真店、整体のお店などが、並んでいます)

宮城県・岩沼市、南相馬市の「取り組み」を視察してきました。

南相馬市は、市内が「約、ほぼ3等分されます」。なぜ? どのように?

それは、福島原発からの「20キロ以内(小高区)、30キロ以内(原町区)、それ以降(鹿島区)の三地域」に、ほぼ3等分されています。

警戒区域(帰宅困難、避難指示)である、20キロ以内では、いまだ、『一年前のまま……』、であるとのことです。
「えぇぇ、まだ、そのままですか?」「そのままです」

国の方の、日本国の最高「議決」会議(『国会』というところです)では、マニュフェスとが、どうの、消費税が、どうの、国民の生活が第一だ、どうのこうの …、など、やっています。

このたびの大震災で、改めて、再び、はっきりしたことは、『日頃から言っている、国とか、県とか、対策なり、対応なりは、イザという時には、現場では、全く頼りにならない』ということだそうです。
『その現場』に直面していない国や、現場感覚のない県は、計画を出せば、妥当なら、金を出してやる、こちらまで取りに来れば、貸してやる、出してやる、との姿勢だそうです。

ですから、国も、県も、自分のところの、毎日・毎日の業務の中では、原発の『問題』など、「意識外、課題とも感じていない」のでしょう。

このような時に、早急に行動しないような、実態のない国や県に、税金を納めている意味は、どこにあるのでしょうか。

担当者の方の、悔しい思いが、伝わってきました。

現在の日本、災害、特に原発の事故に遭えば、遭った者、遭った地域の『独り損』ということです。
今までには、地域として、原発からの地元対策として、いろいろな対策や事業があったでしょうが、だからと言って、今の事故への対応は、余りにも「不作為」です。

復興を祈りつつ、今から、自分たちに出来ることは、と考えつつ、帰ってきました。
東日本大震災 石巻市視察。20120518。 2012/07/07
(写真は、松島の瑞巌寺の境内、津波の到達地点です)

石巻市に、『東日本大震災』の視察に行ってきました。

(とは言え、視察の本来の目的である、行ってきました、このようでした、参考になりました、鳴門市にこのように取り入れます…、などの報告が、出来るような、簡単な「内容」ではありませんが…。)

平成23年(2011年)3月11日(金)、午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震発生して、東日本沿岸を巨大津波が襲いました。
その様子を、私たちは、テレビや新聞で見てきました。

平成7年の「阪神淡路大震災」の様子をテレビに釘付けになって、終日、見守っていたことを、思い出されました。

3月11日から数日間を「消防隊のドキュメント」としてまとめた冊子をもとに、いろいろと説明いただきました。

現在、瓦礫(がれき)が、616万トン、石巻市の「106年分」あります。一日あたり、1500トンの処理を続けても、10年以上、かかります。
市民が、市内に残る瓦礫の山を見ると『心が折れる』とのことです。私は、今日この日だけ、ここに滞在する者ですが、これらの瓦礫を見ただけで、胸が締め付けられました。

いまだに、毎日が、「事後、処理の日々」です。

ライフラインが断絶し、通信手段が欠如し、外への発信方法が見つからず、地域のコミュニティーも日常の「交信」が途絶え、いろいろなところで『未知への不安』だけが、増殖されていく。

地球上に起こった、大地震、災害が、ニュースになりますが、身近に起こらない限り、それらを「映像・報告」としてだけに、受け止めています。

現地に行って、初めて、現地の悲惨さを実感しますが、心が、気持ちが、自分の町内・地域の様子として、決して受け入れていません。

受け入れて、学ばないと、心構えも、対策にもならないのですが、余りにも「すさまじい風景」に、言葉にもなりませんでした。
もう一度、日を改めて、近々に、現地に立つことだと、思っています。

宿泊の近くの、徳島にも在る日本三大「瑞巌寺」の一つ、『松島の瑞巌寺』に、復興祈願の、お参りしました。
竜馬の休日 ? 。20120423。 2012/04/23
高知県の観光PRの旗です。

リョーマの休日、ですって、

わざわざ行く志国高知、ですって。  

  うまい、ですね。いいです、ね。
新緑の妙見山。20120423。 2012/04/23
山が笑っています。

山が歌っています。

山が踊っています。

  新緑の妙見山です。
新緑の桜。20120423。 2012/04/23
さぁっと咲いた桜が、一気に散って、早や、新緑となりました。

明日あると 思う心の 仇桜 夜半に 嵐の吹かぬものかは

こんな寒さが続く中、蕾がすくんでいると思って見ていた桜が、あれよあれよと言う間に、満開となり、その見事な咲きっぷりを見て、明日も、明後日も、このような景色であろうと思っているうちに、春の嵐で、散り散りになり、下には花びらが舞い、雨とともに花をつけていた小さな「枝」が散り、そして、すぐに、新緑となりました。

冬から春へ、春から初夏へ、また季節が巡っていきます。
満開の桜、弁財天神社。20120408。 2012/04/08
咲きました。満開です。

厳しい寒さが続いていましたが、季節は確実に巡ってきます。
ここ数日で、一気に咲きあがりました。

今日、4月8日は「花まつり」(お釈迦さんの生誕日)です。

今日は快晴無風。満開の桜のもと、多くの花見で賑わうことでしょう。

岡崎城と満月。20120406。. 2012/04/08
お城は、鳥居記念博物館として建築されましたが、このたび鳥居博士の収集した考古学の資料は、徳島県博物館に移され、この建物は、耐震工事の後、鳴門市が引き取ることになりました。

その昔、ここには「岡崎城」があって、徳島北部の要衝地として、人の出入りを、見守っていました。
今では、春の桜のシーズンには、多くの花見客でにぎわいます。
全国的にも、現在のお城は、観光地として多くの人々を集めています。

この「岡崎城」も、今後も多くの方々に親しまれて、この地域の守り城として、存在していって欲しいです。

ライトアップされ、そこに月が出て、幻想的な風景となっています。
春のお遍路さん。第五番地蔵寺。20120310。 2012/04/02
毎年のことですが、四国八十八箇所霊場の「五番さん」、地蔵寺の大木の銀杏の新芽が少しずつ吹き始める頃、春が身近になってきていることを感じます。

お遍路さんたちの数も、徐々に増えてきます。

そして、梅・桃・桜、新緑の中、鈴が鳴り鳴り、四国路に、新しい季節が巡って来ます。
第二中学校、卒業式 20120310。20120310。 2012/04/02
鳴門市第二中学校の卒業式がありました。

昨年は、3月11日、この卒業式の後、東日本において、大地震が発生して、卒業式の済んだ、まだ紅白の幕が残っている講堂に避難している様子がテレビで放映されていました。

あれから、一年、季節は巡って、また、卒業のシーズンとなりました。
年々歳々、人は変われど、同じ風景が続けられていくことへの安堵感があり、その変わらぬ「良さ」を、今年ほど、嬉しく思うことはありません。

ただ、卒業式で「仰げは尊し」「蛍の光」が、まったく、歌われなくなったことは、真に嘆き悲しいことです。

『仰げは…』という歌詞や、『身を立て、名を上げ』の歌詞が、「何で、先生を仰いで、尊ばなければ、成らないのか」との主張や「身を立て」などは、立身出世を煽る、競争主義につながるというのです。

そしてまた、教育委員会の考えは、『卒業生を主に』おいた卒業式にしています、との見解であります。

平等意識や自由主義が、教師も保護者も、個々それぞれに違ってきているのでしょうか。

また、給食の始まりの時、『手を合わせて、いただきます』という行為に、一部の保護者から、強烈な苦情が寄せられるそうです。

「私の家は、無宗教だから、手を合わさせないでほしい」

「なぜ、いただきます、と言わなければならないのか、そのような強制をしないように」

「なぜ、学校で、そのような宗教活動を行うのか」

このような苦情・意見・要請があるとのことです。

そしてまた、国歌斉唱において、「起立」せず、起立しても歌いもせずして、黙っているなどの方々は、どのような主義・主張なのでしょうか。

例えば、外国の友人に合った時も、その友人の国の国旗・国家を無視するのでしょうか。

東日本大震災から、いろいろな分野の、いろいろな価値観が『問いな直され始めて』います。

生命って、何ですか。
経済成長って、何ですか。貨幣経済って、何ですか。
国家って、何ですか(国会の機能って、何ですか)
自然とは、何ですか。(食料とエネルギーって、何ですか)
人間の生活って、家族って、地域って、何ですか。

そして、個々人の人生って、何ですか。

中学校を卒業して、『立志』すると、人としての独立を自覚して、社会人として果たすべき責任の中で、これからの人生を歩んでいきます。

その集大成であり、また、出発点である中学校の卒業式は、人生の多くの「式」の中でも、一番の厳粛な「式」であります。

仰げば尊し、蛍の光の復活を願いつつ、卒業生の前途洋々たらんことを祈っています。
鳴門遊びリンピック2012。20120218。 2012/04/02
林崎小学校の講堂で、2012年「鳴門遊びりんピック」が開催されました。
「遊びりんピック」というのは、「遊び」と「オリンピック」の合成語です。遊びを通じて、競いながら、コミュニケーションを取り合いましょう、という意味で作りました。

大人50名、子ども95名、合計145名の参加でした。

こま回し、剣玉、空き缶積み、おはじき、紙バクダン、などの競技に、みんな真剣に、ワイワイと和やかに、取り組んでいました。

地域の交流、特に三世代の交流が希薄になってきています。
地域の安全・安心のため、防災や減災に向けて、ご近所の「力」が、必要です。
このような交流を通じて、親密感を盛り上げて行きたいです。
ふれあいクリスマス会。20111210。 2012/03/11
平成3年から続いている、子どもの街をつくる会・主催の「三世代ふれあいクリスマス会」を開催しました。

170名のご参加がありました。

一人ひとりが手に持つろうそくに、灯がともりました。

その「灯」を見つめながら、この一年間を静かに思い出し、家族や地域、先生方など、多くの方々に感謝しました。

そしてまた、東日本大震災で亡くなられた方々への哀悼の念、そして早い復旧・復興を祈念しました。